大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和40年(手ワ)2253号 判決

原告 永井製袋印刷株式会社

右訴訟代理人弁護士 青木平三郎

被告 株式会社 丸越

右訴訟代理人弁護士 高野康雄

主文

被告は原告に対し、六〇万四、一六五円およびこれに対する昭和四〇年八月一六日から完済までの年六分の割合による金員の支払をしなければならない。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、被告は原告に対し、次の約束手形一通を振出し、原告はその所持人である

金額 七六万〇、五八六円

満期 昭和四〇年七月一〇日

支払地 東京都

支払場所 富士銀行東京中央市場支店

振出地 東京都

振出日 白地

振出人 東京中央卸売市場内 被告

受取人 原告

二、原告は右手形の振出日を昭和四〇年五月一七日と補充した。

三、よって被告に対し右手形金のうち六〇万四、一六五円およびこれに対する訴状送達の後である昭和四〇年八月一六日から完済までの年六分の割合による法定の遅延損害金の支払を求める。

四、本件手形が、仮りに被告自らがこれを振出したものでないとすれば、被告から手形振出の権限を与えられていた訴外強力清子がその権限に基いて振出したものである。

五、もし訴外強力清子に手形振出の代理権がなかったとしても、同人は被告の取締役であって、事実上被告の業務執行を委されており、被告の内部においては社長と呼ばれており対外的にも被告の代表者のように振舞っていた。

原告は同訴外人に被告を代表して本件手形を振出す権限があるものと信じて本件手形を取得したものである。

原告が右のように信じたことについては正当の理由があるから、被告は民法第一一〇条により本件手形の振出について責任を負うべきである。

六、仮りに以上の理由がないとしても、商法第四三条第二項、第三八条第三項を類推し、被告は訴外強力清子の本件手形振出について責を負うべきである。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁および抗弁として次のとおり述べた。

一、被告が本件手形を振出したという事実を否認する。

本件手形は訴外強力清子が被告代表者の印判を偽造し、これを使用して偽造した手形である。

右訴外人は被告代表者の実子ではあるが、被告代表者の手足として被告の業務の手伝をしていたに過ぎないものであり、業務執行の権限はもとより手形振出の権限もなかったものである。

原告が本件手形を所持している事実を認める。

表見代理に関する原告の主張事実を否認する。

二、仮りに本件手形の振出について被告がその責を負うべきであるとしても、被告は次の理由により本件手形金の支払義務を負わない。

本件手形は原告の要請により単に一時的に原告に預けたに過ぎないもので、本件手形の原因関係となるべき被告の債務はなにもない。

原告訴訟代理人は、被告の抗弁に対し、次のとおり述べた。

一、本件手形の原因関係は、原告と被告との間に取引されたサシミ掛紙等の代金債権であって、本件手形振出の当時までに発生していた代金債権およびその後の取引により発生する代金債権の支払をも担保するものであった。

(一)  原告は被告に対し、昭和四〇年二月二日から同年同月二三日までの間にサシミ掛紙等を売渡し、一〇六万九、四三六円の代金債権を取得し、これに対し被告から同年四月一五日三〇万八、八五〇円の支払があった。したがって、その残金は七六万〇、五八六円であった。

(二)  その後、原告は被告に対し、昭和四〇年三月二日から同年同月二五日までの間に前記同様の取引により四四万九、〇四三円の代金債権を取得し、同年四月一六日から同年同月二四日までの間に同様の取引により一一万六、五〇四円の代金債権を取得し、同年五月一七日から同年六月二日までの間に同様の取引により三九万四、五三六円の代金債権を取得した。そして、右取引代金のうち同年四月分の代金は支払済となった。

二、したがって、原、被告間の取引代金の残額は、前記(一)の残金七六万〇、五八六円、(二)の四四万九、〇四三円、および三九万四、五三六円の合計一六〇万四、一六五円であるところ、これに対し、被告から、本件手形のほか一〇〇万円を約束手形により支払われ、この一〇〇万円の手形(五〇万円の手形二通)は決済されたが本件手形が未決済となっているものであり、本件手形の原因関係である取引代金債権の残金は六〇万四、一六五円である。

被告訴訟代理人は、原告の右主張に対し、次のとおり述べた。

一、原告主張の取引を否認する。

二、仮りに原告主張の取引があったとしても、本件手形の原因関係は昭和四〇年二月二日から同年同月二三日までの間の取引によって生じた代金債権のみに限られるものであったところ、その代金は一〇六万九、四三六円であって、被告はこれに対して原告主張の三〇万八、八五〇円のほか原告主張の五〇万円の約束手形二通合計一〇〇万円をも右期間の取引代金支払のため原告に交付し、これらの手形はいずれも決済されたので、右取引代金はすでに完済となりむしろ過払となっているものであり、本件手形の原因関係の債務はなくなった。

原告訴訟代理人は、立証として〈省略〉。

被告訴訟代理人は、立証として〈以下省略〉。

理由

一、本件手形が正当に振出されたものであるかどうかについて考察するのに、証人強力清子の証言によると、本件手形は被告代表者の実子であって、被告代表者から被告の業務執行を全般的に委されていて事実上これを主宰していた訴外強力清子が被告代表者の名義により原告主張のような記載内容により振出した手形であること、被告代表者本人尋問の結果によると、本件手形に使用された被告代表者名下の印影は被告の銀行取引用の印鑑として取引銀行に届出られた印判によって押捺されたものであることの各事実が認められるのであるから、これらの事実によれば、本件手形は訴外強力清子が、被告代表者から手形振出の代理権を与えられており、その権限に基いて正当に振出されたものと解することができ、この認定に反する被告代表者本人尋問の結果は前記証人の証言と対比して信用できない。ほかには右の認定を動かす証拠はない。

二、したがって、被告は本件手形の振出について責を負わなければならない。そして、原告が本件手形の白地部分である振出日を原告主張のとおり補充したことは本件手形である甲第一号証の一の記載自体に照して明らかであり、原告が現在本件手形を所持していることは当事者間に争いがないのであるから、特段の事情がなければ、被告は原告に対し、本訴請求のとおりの手形金および遅延損害金(その始期が訴状送達日の翌日より後であることは記録上明らかである。)を支払う義務がある。

三、そこで被告の抗弁について順次考察を進める。

(一)  被告は本件手形を単に原告に預けたに過ぎない旨抗弁しているのであるが、証人強力清子の証言によっても被告主張の右事実を認めるのに充分ではないし、成立に争いのない乙第二号証に本件手形の預り証の趣旨が記載されているけれども、同号証には後記認定の原被告間の取引代金の支払のために原告に交付された金額五〇万円の約束手形二通もやはり預りの趣旨で併記してあるのであって、右預り証の記載は被告の右主張事実を認める根拠としては不充分であり、ほかにはこれを認める証拠がない。

却って、証人佐々木秀夫、同岩井文貞の各証言とこれにより真正に成立したものと認める甲第二ないし第六号証、第八号証の一、二(但し被告の裏書部分の成立は争いがない。)、原告代表者本人尋問の結果とこれにより真正に成立したものと認める甲第一三ないし第一五号証の各一ないし三、証人強力清子の証言の一部とを総合すると、本件手形は、原告から被告に対しサシミ掛紙等を売渡した(尤も売買の品物は被告の指図により原告から訴外有限会社岩井商店等に直接納入されたものである。)代金の支払のため、先に同訴外会社が被告に宛てて振出し、被告がこれに裏書して原告に交付していた金額七六万〇、五八六円の約束手形の書替え手形として振出され原告に交付されたものであることが認められるのであるから、本件手形が原因関係の債務がなく原告に預けられたに過ぎないという被告の主張は当らない。

(二)  次に本件手形の原因関係の抗弁について更に考察するのに、本件手形が原、被告間の前記商品取引代金支払のために振出されたものであることは前述のとおりであるが、被告は、本件手形の原因関係である取引代金債務は昭和四〇年二月二日から同月二三日までの取引によって生じたものに限られると主張し、前顕甲第八号証の一、二、第一三号証の一と、被告から原告に対し三〇万八、八五〇円が支払われたという当事者間に争いのない事実とを総合すると、本件手形およびその書替前の右甲第八号証の一、二の手形金額は原被告間に行われた被告主張の右期間の取引代金の残金七六万〇、五八六円と一致し、且つ、原告の帳簿処理では右甲第八号証の一、二の手形を右取引残金の支払分として処理していることが認められるので、この事実からみると、恰も本件手形の原因関係である取引代金が被告主張の右期間内の取引によって生じたものに限られるかのように思われるところもあり、これは被告の右主張にそうもののようである。

しかしながら、前顕甲第一三ないし第一五号証の各一ないし三と原告代表者本人尋問の結果とを総合すると、原被告間には昭和四〇年二月から、同年六月二日頃までの間継続的に商品の取引がなされ、その間の取引代金とこれに対する支払は原告主張のとおりであることが認められる(原告主張の金額が支払れた事実は争いがない。)のであるから、この事実と原告代表者本人尋問の結果とを併せて考察すると本件手形の書替え前の手形である前記甲第八号証の一、二の手形はなるほど被告主張の期間に行れた取引の残代金を金額として振出されたものではあるが、これは、振出当時の残代金額を手形金額決定の基準としたに過ぎないものであって、原被告間の継続的な取引全般に亘って生じる売掛代金の支払を担保する趣旨で振出されたものであり、したがって、振出の当時すでに発生していた代金債権のみならず、その後の取引により生じる代金債権の支払をも担保する趣旨のものであって、単に被告主張の期間内に行われた取引から生じた代金債権のみの支払を担保する趣旨のものではないと認めるのが相当である

ほかには右の認定を覆えし、被告の主張事実を認める証拠はない。

そして、前記認定の事実からすると、原告は被告との取引により現在原告主張のとおりの残代金債権(六〇万四、一六五円)を有することは明らかであるから、本件手形の原因関係の債権は右同額の範囲で残存するわけであり、原告が右同額の範囲で本件手形金債権を有することは云うまでもない〈以下省略〉。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例